普段お世話になっているちょこさんにイヴの誕生日SSをいただきました!!うれしい!!!
4人とも死ぬほどかわいくて私は天にも昇る ありがとうございます……!!
ベーコンエッグの焼ける匂いと今週は晴れが続くと伝える天気予報、それに小鳥が朝を歌う声。今日もいつもと変わらない平和な朝だ。
ただ一つ変わった事と言えば、同居人達が朝食の時間になってもリビングに来ないことくらいだろうか。
最近ライネとミドが夜遅くまで隠れて何かをしている気がする。
新しい研究を共同でやっているのだろうか。仕事の事はよくわからないが、夜遅くまで起きているのは少し心配だ。特にミドは普段徹夜が多いのだから寝れる時に寝たほうがいいと思うのだが。夜更かしの影響か、いつまでたっても起きてこない2人を起こしにいくかそっとしておくか考えていると、おはようと言う主人の声が響いた。
「おはよう。遅かったな」
「ちょっと色々あって。突然だけど昼、隣町に買い物行くぞ」
「買い物に遠出なんて珍しいな。何かあるのか?」
「オレの行動範囲がめっちゃ狭いみたいな言い方やめろよ…。隣町のジャンクショップが閉店するらしくって明日限定でセールやるんだと。掘り出し物多いって聞くし折角だからなくなる前に一回行ってみたいんだ。それにたまにはお前と二人で出かけてみたいし」
「本音は?」
「絶対重いから荷物持ちに付いてきて下さいお願いします」
「だろうな」
セールだというくらいだからきっと持って帰れる量を考えずにカートに入れてしまうんだろう。両手に大量のジャンクパーツを抱えて息を切らせながら帰ってくる彼は容易に想像できる。
「……何ニヤニヤしてるんだよ」
「俺がついていかなかったら面白いものが見れそうだと思ってな」
「めっちゃ失礼なこと考えてないか」
「それは大変な被害妄想だな。……そうだ、ミドも休みだし誘ってかないか?三人で出かけることなど滅多に無いし」
そう提案するとライネは一瞬目泳がせ、気まずそうに口を開いた。
「えーっとミドは……、こないだから大きい研究があって」
「大きい仕事は一昨日終わらせたと聞いているが」
「あ、昨日新しい仕事が入ったって!言ってた…ような気が…?と、とにかく色々あんだよ!忙しいからさそっちゃだめ!」
「…わかった」
少し変に思ったものの、ライネが言うのだからきっとそうなのだろうと自分を納得させる。みんなで出かけるのはまた今度でもいいだろう。三人揃わないことに少し残念に思いながらも、久々の外出に期待を膨らませた。
例の店には予定より早めに着いたはずなのに、長い間見ていたせいか店を出た頃にはパンザマストが流れる時間になっていた。
「掘り出し物いっぱいあったな」
「そうなのか?」
専門的な知識はインプットされていないから、見ただけではそれが良いものなのかわからない。実際今日もライネはパーツを見ただけでキャーキャー言っていたが、自分には全てのパーツがどうも同じようなものに見えた。
「やばかったぞ、珍しい型のパーツとか普通に買ったら凄い高い部品とか格安で売られててなー!本当もっと早く来ればよかった!」
なんで行きつけの店にしなかったんだ昔のオレ!だとか、今までいくつのレアパーツを他人に渡らせてきたのか!だとか後悔の言葉を悔しそうに語るライネを見ていると人間というのは楽しい生き物だなと思う。
「……ライネ、楽しいか?」
「もちろん!」
「それはよかった」
機械は人間のように何かに夢中になったり、目の前の彼のように目をキラキラさせて何かを楽しむだとか言うことができない。目立った自己は主人に仕えるのに必要ないからだ。だからたまに人間が羨ましくなる時がある。何かを楽しむという気持ちはどういう感情なんだろう。同居人達を見ていると、それは悲しみとは反対の良い感情にカテゴリされるようだが、実感出来ないせいかなんだかよくわからなかった。
「……げっ」
「ライネ?どうした?」
何か嫌なものを見たような顔をした後、スッと俺の後ろに隠れた彼に疑問を抱く。何か目の前にあるのだろうか。先ほどの彼の目線と同じ方を向くと、すぐに原因がわかった。
「やっほー、ライネ!」
「ヨダ…」
可愛らしいオーバーオールに夕日に似たオレンジ色の髪。それは俺にとっては忌々しい、殺人鬼の姿だった。
「やだなぁ、そんな警戒しなくてもいいじゃん。ボクはただライネと親交を深めたいだけなのに!」
「そんな厄介なやり方をするな!金槌を仕舞え!」
「えー」
「……今日はダメだ」
「イヴくんがいるから?……ってそっか」
何かを思い出したのか、ライネではなく俺の方をニヤニヤしながら見る奴を不快に思う。ここが街中でなかったら刀を抜いているところだ。
「イヴくんはみんなから愛されてるんだねぇ。ちょっと羨ましいな」
「なんの話だ」
「何ってそりゃ「ヨダ!!!」…はいはい、言わない言わない」
肩をすくめてライネを見るとヨダは身を翻して俺たちに手を振った。
「じゃーね二人とも。ボクからもお祝いの言葉を贈らせてもらうよ。イヴくん、おめでとう」
人混みに消えた奴の最後の言葉を反復する。
『イヴくん、おめでとう』
「おめでとうって…何がだ?」
「き、気にしなくていいんじゃないか?!ほら、早く帰ろう!」
手を引かれて歩き出す。周りの景色はもう薄暗くなっていた。
「…なぁイヴ。この場所、覚えてる?」
「当たり前だろう」
通りかかったゴミ捨て場は、俺とライネが初めて出会った場所だ。
周りに溶け込むための容姿も記憶も存在価値も全て無くしたからっぽの俺に存在する理由を与えてくれたあの日は、全てのデータを消されたとしても、完璧に消えることは無いだろう。
「オレさ、あの時出会ったのがお前でよかったって思うんだ」
「……どういう意味だ?」
「他のアンドロイドじゃなくて、"お前"って一つの個体と出会えてよかったってこと」
理解は難しかった。アンドロイドは型番やインプットされた感情こそ違うものの、基本的な性能は同じようなものだ。型番が同じものは差がほとんどないし、旧型の俺は新型よりも性能が劣るのである。拾うのだとしたら性能がいい新型の方が良いと考えるのが普通だ。一つの個体としてみる、という意味がわからない。俺は同じ型番の製品の一つなだけなのに。
「処理が追いつかない」
「ごめんごめん、ちょっと難しかったか」
「一つの個体というところが理解不能だ。同じ型番の製品には個体差は無い。もっとも、俺はかなり改造されているからその点では他の個体とは違うがあの時点では同機種と違いは無いはずだ」
「そーゆー話をしてるんじゃないよ。ってか、お前自分が他の奴と同じとか思ってんの?」
「どういうことだ」
「オレの為に泣いてくれる変なアンドロイドなんてこの世に一人しかいないって」
一度だけ、涙というものを流した事がある。ライネが最初に死んだ時だ。
「大切に思われてるなって思ったし、あの時本当に嬉しかったんだぜ?」
「……アンドロイドが主人を大切に思うのは普通のことだ」
なんだか改めて言われると照れくさくて、ついぶっきらぼうに答えてしまう。ライネはそんな態度にも気を悪くせず、なにもかも理解しているかの様に俺に笑いかけた。
「とにかくお前がオレを選んでくれたこと感謝してるし、お前と出会えて嬉しいって話!」
なんかちょっと気恥ずかしいな。そう照れくさそうに言って先に進もうと歩き出した彼に、聞こえないくらいの声で小さく呟く。
「……俺も、同じように思ってる」
不意に出てしまった言葉は風の音にかき消されてしまっただろうか。別に伝えなくてもいい言葉だしそれでも問題は無い。先に歩を進めてしまった主人を追いかけようと自分も歩き出した時、スピーカーがとても嬉しそうな、小さな声を拾った。
「そういうのはちゃんと言えっての、ばか」
玄関の扉を開くと、後方と前方から耳に衝撃が起こるくらいの爆音が自分の周りに響き渡った。
「イヴくんお誕生日おめでとうございます!!」
「おめでとー!!」
大きな音を立ててクラッカーが放たれる。拍手とともに迎え入れられた俺は突然の事に身動きを取ることができなかった。
「準備任せきっちゃってごめんな~。でも大成功だ!」
「大成功ですね!」
どういうことだ。ポカンとしたまま放心していると、俺の髪の毛に引っかかったクラッカーのリボンを摘まんでヒラヒラと見せながらネタばらしをされた。
「今日はお前の誕生日だぞ?」
「誕生日…」
メモリの中のデータを参照する。"イヴ"という名前を貰った日、存在する理由である主人が変わった日、それが11月24日である今日だ。
「普段使うデータではないから意識していなかった」
「忘れてたってか~。お前らしいな」
「でもそのおかげでサプライズパーティー、上手くいきましたよ」
「そうそう!俺がお前連れ出してる間ミドが殆ど用意してくれたんだ!」
「イヴくんは食べれないけど雰囲気作りに必要かと思って料理も頑張ったんですよ~」
「り、料理……?」
確かミドの料理はあのライネが死にかけるほど個性的な味をしていたはずだが大丈夫だろうか。
自分の主人の行く末を想像して顔を青くしていると、これから被害者になる予定の彼が俺の肩をポンと一つ叩いた。
「ほとんど出来合いの物だし手作りのはちゃんと練習したから大丈夫……だと良いよな……」
もしダメだったらよろしく、そう言って彼はリビングに消えていった。
「僕達も行きましょうか」
「……なんだか、ちょっと変な感じだな。俺は機械なのにこんなことをしてもらうなんて」
「僕らは友人でしょう?別に変じゃありませんよ」
「友人……」
ライネは俺の事を変なアンドロイドだと称したが、俺からしてみれば彼らだって充分変な人間だと思う。ただのアンドロイドに家族だとか、友人だとか言ってこんなに良くしてくれる人間なんて、きっとこいつらくらいなものだろう。彼らの思考回路が不思議だとは思うが悪い気はしない。出会った頃はなにもかも疑問の連続だったが、今では良い主人達に恵まれたと思っている。
(こんなに幸せでいいんだろうか。いつか反動がきそうだ)
「二人共ー!!はやく来いよー!」
リビングからライネの声が響く。ミドはそれにクスリと笑った後、リビングに響くように返事をした。
「はーい!イヴくん、いきましょう」
「あぁ」
招かれた部屋には可愛らしい手作りの飾り付けと、パーティらしい食事が並んでいた。白いクリームの色が眩しいホールケーキには既に明かりが灯っている。
「ほら、主役の仕事だぞ!!」
明かりの灯ったロウソクを吹き消すように促される。息をかけるとオレンジ色の小さな火が揺れて空気に消えていくのが見えた。拍手と祝いの言葉を聞きながら残った様々な色のロウソクを眺めていると、去年とは違う事に気がつく。
「……毎年ロウソクが多くなってる気がする」
「誕生日ケーキには自分の年齢の数のロウソクを立てるんですよ。だから毎年一本ずつ多くなってるんです」
「そうなのか」
「アンドロイドは長生きだからこれからも増えるぞ!ロウソクまみれになるのもいいかもしれないな!」
「あぁ、そうだな」
俺は一桁台で済んでるが、成人を過ぎた人間はどうしているんだろうか。二十本以上のロウソクが刺されたケーキを想像すると、なんだかハリネズミのようで面白かった。
「それと……はい、誕生日プレゼント!」
テーブルの下から何かを取り出したライネに、可愛らしくラッピングされた包みを渡される。
「布?」
水色の紙で包まれたそれは布製品のような感触がした。
「新しい服です。欲しいものがわからなかったので普段使えるものを用意しました。ライネくんと二人で選んだんですよ」
「そしてこれが……!」
「"なんでも言うこと聞く券"?」
チケット風にデザインされた小さな画用紙を目の前で広げられる。用途がわからず首を傾げていると、親切にミドが説明してくれた。
「やっぱりいつもお世話になっていますし、洋服とは別に欲しいものがあったらプレゼントしたいですね、って話になったんです。だから何か希望するものや、して欲しい事があったら今日で無くてもいいのでこの券を使ってなんでもおねだりしちゃってください」
希望する事、などと言われてもアンドロイドは主に仕えたい以外の欲なんてない気がする。だが、そんな事を正直に言ってもこの二人が納得するはずも無いだろう。どうしたものかと考えているとライネとの朝の会話が頭に浮かんできた。
「それなら、予定が合った時でいいから三人で出かけたい」
「そんなことでいいのか?もっとこう、別のこととか…」
「最近は忙しくて三人揃って遊びに行くなんてないだろう?だからたまには一緒にどこかに行きたいんだ」
「じゃあ、今週の日曜日にでも出かけましょうか」
丁度みんな予定ないですし。カレンダーの書き込みを確認すると、ミドは俺に微笑んだ。
「お前は本当……」
「なんだ」
呆れたようにため息をついたライネに目線を向ける。
「口元が緩んでるぞ。そんなに嬉しいのかよ」
口に触れると、確かに口角が上がっているような感じがした。
「無意識だった。自分でも驚いたが、これだけのことをしてもらったら仕方ないんじゃないか?」
自分の為だけに開催されたパーティに、素敵なプレゼント、それに欲しかったものを与えられた。きっと、世界中のアンドロイドで今一番幸せ者だ。
「そっか。楽しんでもらえたようで頑張った甲斐があったよ」
「楽しい……」
アンドロイドにはそんな自分の為の感情は備わっていないと思っていた。でももし、この幸福な気持ちに名前が付いているとするのなら、楽しいという名称なのかもしれない。
「そうだな、楽しい。二人共ありがとう」
そう言うと、二人は顔を見合わせて俺に笑顔を向けた。