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「あー楽しかった!」
隣街のターミナルビルの一角。ライネはイヴと新作アンドロイドの展示会を見に来ていた。どこもかしこも見慣れない部品や機体ばかり並んでいて、はしゃぐライネをイヴは少し疲れを滲ませながら眺めていた。
「よかったな」
「イヴも付き合ってくれてありがとな。疲れたろ」
「まあな……バレてないとはいえ、人が多くて困る」
イヴは今右目にいつもの眼帯ではなく人間が使う医療用のものを着けている。アンドロイドだと周りのひとにバレないようにするためだ。機械好きの人が集まるこの展示会場で普通より人間に似たアンドロイドがいるなんて気付かれると囲まれかねない。
「そろそろ人見知り直さないとだめだけどな……あ、オレトイレ行ってくるからちょっと待ってて」
「わかった」
手洗いに向かう背中を見送って、近くにあった大きな柱にもたれる。早く家に帰って眠りたい。人間の振りをする、という嘘を吐く行為は案外イヴにとって負担になるのだ。
(今のうちに情報を整理しておくか……)
その負担を減らすためにデータの処理をしよう、そう思っていると、不意にすぐそばで何者かの気配がした。
「!」
柱の影に、誰かいる。何やら危機感を感じてイヴは即座に振り返った。すると。
「なあ、きみ……アンドロイドやんな?」
金髪の青年が、どこか興奮した目付きで話しかけてきた。イヴは思わず引き気味になる。
「ち、違いますよ」
咄嗟に嘘が口を突いて出るくらいには、恐怖を感じていた。しかし青年はそれを意に介さず食い入るように見つめてくる。
「嘘吐いてもあかんで!ぼくにはわかるんやから。ええなあきみ、めっちゃ人間っぽい!なあ一人っちゅうわけちゃうやろ?ご主人どこ?名前は?機種は?どっから来たん?」
「~~~っ、」
ここは地獄か、とイヴは思った。質問責めにあって目が回りそうだ。ぐいぐい近付く顔を押し退けようにも、危害を加えられているわけではないので躊躇する。よほどの事がない限りむやみに攻撃出来ない自分のプログラムを恨んだ。
「もう、だんまりはあかんで……」
「ちょっとおにーさん」
その時、まくし立てる青年の肩を、誰かが叩いた。同時にかけた声は少し冷たさを孕んでいる。
「オレの弟に絡まないでくれる?」
イヴは助かった、と息を吐いた。ライネが青年の後ろに立っていたのだ。
「弟?」
「そ。だから早く離れて」
ライネは見知らぬ人間がべたべたとイヴに触るのが嫌で、青年を睨み付けた。しかし。
「あーーええやん!弟さん!アンドロイドのこと家族みたいに大事にしてるんやなあ。ああ、申し遅れた!ぼくタミ言います。しがない機械好きですわ。よかったら!話聞かしてくれへん?」
青年はライネの手をぎゅっと握ってそう言った。先ほどよりも爛々と輝く紫の瞳が、眩しい。
「は、はあ……」
弟だと言えば人間だと勘違いして離れてくれるかとライネは思っていたのだが、どうやら逆効果だったようで。勢いに負けて、彼は何も言えなくなってしまった。



「……で、このプログラムはこう組んで、こことここ繋いだら上手いこと動くんよ」
「あー、なるほど!それは思いつかなかったなあ」
「…………」
数分後。ライネとタミは楽しそうに機械に関するおしゃべりをしていた。二人はすっかり意気投合したようで、イヴはそんな彼らの難解な会話を退屈そうに隣で聞いていた。いつのまにか展示会の勉強用に持って来たタブレットまで持ち出して話を広げている。普段機械の話なんてする相手のいないライネが心底嬉しそうにしているので何も言わないけれど。
「いや~ライネくん若いのにアンドロイドに詳しいんやね。喋ってて楽しいわあ」
「オレも。こういう人の多いところ得意じゃないんだけど、来てよかった」
「そうゆうてもらえると嬉しいわ。せや、ぼくこの近くでアンドロイドの部品とか売る店やってるから、足りんもんあったら来てみて。安うさしてもらいまっせ!」
タミは思い出したようにライネに名刺を渡した。彼の慌ただしい雰囲気とは裏腹に、アンティーク調の落ち着いたデザインの名刺だった。
「へえ……どうりで詳しいわけだ。うん、近いうちに行くよ。また話したいし」
「是非是非!そんじゃぼく店開けなあかんからそろそろ行きますわ。イヴくんごめんね時間とらしてもうて」
「……あ、いや別に……」
急に話を振られて、イヴははっきりしない返事をする。二人が話している間も人間の振りをするのに必死だった彼の処理能力はもう限界で。
「しまったイヴ!ほんっとごめん!!まだ起きてられるか!?」
「……ねたい……」
「待て待てまだ寝るなオレじゃお前を運べないんだから!タミくんありがとう店!行くから!」
朦朧とするイヴを半ば引きずるように帰路を急ぐライネに、タミは微笑みながら手を振った。
「嬉しいなあ。ぼく以外にもああいうの、おったんやなあ……」



「おお……イメージと違う……」
数日後、ライネはタミが経営しているという例の店の前に立っていた。イヴが右手の不調を訴えて部品が必要になったのでせっかくだからと来てみたのだが、店は名刺のデザイン通り古めかしい雰囲気が漂っている。機械の部品を売っているというより、骨董屋のように見えるくらいだ。
「あのタミくんがやってるとは思えないんだけど……おじゃましまーす」
焦げ茶色の扉を押し開けて中に入ると、扉に付けられた鈴がからからと音を立てた。だけれど、肝心の店主の声は聞こえてこない。
「休憩中かな……?」
それならそれで本人が来るまで店を見ながら待っていようと思い、辺りを見渡す。
「にしてもおしゃれだなー」
アンティーク調の棚や机の上に、ネジやコードなどの部品が綺麗に並べられている。一見アンバランスな組み合わせのように思えるけれど、何故かそれらの部品は宝石か何かのように溶け込んでいて、ライネは不思議な気分になった。他に何があるのか気になってどんどん店の奥へ歩を進める。
「わ……!」
すると一番奥、ぼんやりと明るく照らされた場所があった。覗き込んでみると、ガラスケースの中に美しいアンドロイドが座っていた。水色の髪が電球の暖かな光を反射して煌めいている。肌は陶磁器のようで、よくよく見ても天使のような美少年が眠っているようだった。とても機械には見えない。
「その子、べっぴんさんやろ?」
ケースの中に見とれていると、突然声をかけられてライネの肩が跳ねる。いつの間にか後ろにタミが立っていた。
「うわ、びっくりした……」
「ふふ、いらっしゃいライネくん。こんな早よ来てくれて嬉しいわあ」
「ちょうど部品が必要になってさ。最初タミくんいなかったからいろいろ見てたんだけど、雰囲気があっていいね」
「せやろ。ぼくの趣味とちゃうんやけどね。父さんから継いだ店やからここ」
「きみのお父さんも機械好きなんだ」
「せやねん、毎日机向こて機械弄りしてるけったいな人やった」
タミはどこか懐かしむように、ガラスケースの中を見た。彼のその姿と父を語る言葉が過去形であることから、瞬時に察して少し気まずくなる。
「あ、なんか湿っぽい!?しまったな初っ端からこんなんあかんわ……気にせんとって」
「う、うん」
言った後に気付いたらしくタミはすぐさま前に会った時同様の笑顔に戻る。それでも落ち着かないのか、首に巻いた赤いスカーフを指で弄っている。
「それで何やったっけ……あ、この子!気になる?ライネくんにやったら売ってもええよ」
タミは勢い良く話しながらガラスケースの鍵を開ける。
「いやオレの家火の車だから……この子、綺麗だなって思って見てたんだ」
「せやろ~あんまりこういう言い方好きちゃうねんけどな、中古のアンドロイドやから綺麗にしといたらなあかんって、父さんが整備した子なんや」
「え、買い取りとかやってるの?」
「うん。捨てられるより新しい持ち主さん探せる機会がある方がええやろ?高ーく引き取ってぼくが大事にしてくれそうな人見つけて安ーく売るっちゅうわけ」
「へえ、いいシステムだなあ……他の店もやってくれたらいいのに」
脳裏にイヴの姿が浮かぶ。彼はテレビのニュースでアンドロイドの投棄についての問題が流れる度に、チャンネルをひっそりと変える。ユウとセレンが家に来たあの日以来捨てられたというコンプレックスも少しはましになったようだけれど、心の傷はそう簡単に消えたりしない。ライネはイヴのようなアンドロイドが増えるのを恐れていた。
「中古やいうだけで需要ガタ落ちやからなあ……新品の子以上に綺麗にしとかん限りほしがる人はあんまりおらん。そういう技術ある人、店に一人でも置くのは厳しいやろうし、かといって買い取ったまんま普通に売るだけじゃ全然利益にならん。中古のアンドロイド売るのは簡単にはいかんのやね」
「はー……オレに経済的な余裕があればなあ」
「またまた。アンドロイド一人買えるくらいやのに。安くするから、どうですかこの子」
「いや、イヴは買ったわけじゃないから……あいつも、捨てられてたんだよ」
「え」
明るかったタミの表情が一瞬固まる。そして傷付いたように、しかしどこか興味深そうに口を開いた。
「よかったら、詳しく聞かしてくれへん?きみらがどういう風に出会ったか」
「んー、そうだな……簡単に言うと、家の近くのゴミ捨て場に捨てられてたのを見つけて、オレずっとアンドロイドに憧れてたから拾ったんだ。ほんっと、酷かったんだぜ。皮膚剥がされてるわ身体の機能ほとんど壊れてるわで……それでいろいろ修理して、今は一緒に暮らしてる」
「ライネくん一人で、全部?」
「うん、あの時はあいつを助けたかったっていうのと、いろいろあってオレ死に物狂いだったから……気付いたら全部修理終わって起こしてた」
「ほえ~、壊れかけのアンドロイド一人まるまるあそこまで修理するなんて並大抵のことちゃうよ。愛やなあ」
「愛かなあ」
「せやで、イヴくんも喜んでるやろ……きみらが仲良しさんなんもようわかるわ」
タミはまるで自分のことのように嬉しそうに言った。
「だったらいいんだけどね。ちゃんと、幸せにしてあげたいよ」
一方でライネはどこか遠くを見るような目つきで、ケースの中のアンドロイドを眺めながら呟いた。自分たちの過去のことを考えると、素直に幸福とは言えない日々ばかり蘇る。今でも悩み続けるイヴに、ライネは後ろめたさを感じてばかりだ。
「だーいじょうぶやって!そう思ってくれてるだけでアンドロイドは十分幸せや」
「そういうものかなあ」
「そうやで。この子もいい人に見つけてもらえたらええんやけど」
「ほんとにね。あー、何回見ても綺麗だなあ。タミくんのお父さん、会ってみたかった」
姿勢を低くして、より近くでアンドロイドを見る。外見を造るのはどちらかというと工学より美術的な技術なのだが、彼らを人に近付けるためには重要な技術だ。ライネはそういったものを学んで出来るだけイヴ自身が繕う負担を減らしてやりたかった。
「にしても、この子……タミくんがモデルだったりする?」
「え、ぼくは何も聞いてないけど……なんで?」
「いや、雰囲気がきみと似てるから」
「まさかぁ、ぼくこんな可愛らしないよ」
「うーん、それでもやっぱり似てるよ。考え事しながら作業すると結構手元に現れちゃったりするからお父さん、きみのこと考えてたんじゃないかなあ」
「そう、なんかな……やったら、嬉しいけど」
タミは考えたこともなかった、と言うように照れ笑いをした。それを見たライネは喋りの勢いであまり意識はしていなかったけれど、タミくんもかなりの美青年だな、と思った。やはりショーケースの中の天使と、良く似ている。





それからライネはタミの店を贔屓にするようになり、バイトのついでに買い物がなくても寄るくらいにタミと仲良くなって、タミもそれを歓迎した。しかしそんなある日、事件は起こった。
「こんにちは~……あれ、また休憩中?」
いつも通り店に来て扉を開けたものの、初めて来た時のようにタミの姿が見当たらない。当時と同じくどこかで休憩しているのだろう、そう思ってまた店内を周ることにしたのだが、今回はそうでなかった。
「……ん?」
店の奥、あのアンドロイドのいるガラスケースの前辺りに商品であるはずの部品が散らばっていた。タミか客の誰かが落としたのだろうか。いや、それだと放置されているはずがない。あんなにたくさんの部品を落としたらすぐに気づくはずだ。仮に落とした客が放置して、タミが休憩中だったとしても彼がその音に気付かないはずがない。不審に思ったライネは、すぐにその部品の散らばる場所へ向かう。すると。
「――――タミくん!!」
さらりとした金髪が、床に散っていた。タミがそこに倒れていたのだ。ライネは顔から血の気が引くのを感じながら彼を抱き抱えた。その身体はだらりと重く、生気を感じない。
「なんでオレ、こんなに人が倒れてるとこにばっか遭うんだよ……!タミくん!しっかりしろ!!」
ぺしぺしと頬を叩くも、反応がない。
「嘘だろ、息、してない……なんで」
じっとりと、背中を嫌な汗が伝う。胸に手をあてると、心臓も動いていないことに気付く。どうしよう。ライネの脳裏に幼い頃の記憶がフラッシュバックする。焼け落ちる家、誰だかわからなくなった両親と妹。嫌だ。親しい人が死ぬのを見るのは、もう嫌だ。
「救急車……! ん……?」
早く救急車を呼ばないと。そう思って鞄から携帯電話を取り出そうとした時、ライネは違和感に気が付いた。こんな状態、どこかで見たことがある。とても身近な場所、自分の、隣で。
「……そんな馬鹿な」
信じられない。でも、そうであってほしい。そんな複雑な気持ちで、ライネはタミの首に巻かれたスカーフを解いた。
「……よかったぁ……」
今度は自分が倒れてしまうんじゃないか、安心して息を吐きながらライネは露わになったタミの首、その左側面を見た。そこにはイヴと同じ、電源ボタンを示すマークが刻まれていた。
「タミくん、人間じゃなかったんだ……」
全く気付かなかった。タミの見た目も挙動も人間そのもので。それでも触れてみると確かに体温がない。彼は間違いなくアンドロイドだ。
(この感じだと、充電切れかな)
とにかく早くなんとかしてやらないとと、ライネはまず店のドアにかかっている開店中を示す札をひっくり返して鍵をかけた。こんな状況を他の誰かに見られたら騒ぎになる。
「んんん重い……この重さは絶対人間じゃない」
タミが人間でないことを自分に納得させるために呟きながら、彼を充電するためのコンセントの近くまで引きずって運ぶ。充電器は休憩室にでもあるのだろうけれど、さすがに勝手に入るのは憚られて商品のものを使うことにした。それもどうかと思ったが背に腹は変えられない。首の後ろにあるわずかな隙間に爪を引っ掛けて、充電器の差し込み口の蓋を開くとプラグを差した。
「似てたのは、同じ人が作った顔だったからか……」
充電を待つ間、ライネはタミの顔をまじまじと観察した。こうして眠っているとよりショーケースの中のアンドロイドと似ていた。



(もう大丈夫かな……)
しばらく経って、動けるだけの充電は出来ただろうと恐る恐る、タミの首のボタンに触れ、押し込んだ。ちゃんと起きてくれるだろうかと、わずかな不安を抱えながら。
「ん……」
聞き慣れた起動音と、タミの呻く声がした。ライネはもう一度息を吐く。タミが死ななくて、本当によかった。
「あれ、ぼく……」
状況の掴めていない紫の瞳がぱちぱちと瞬きをする。自分が眠っていたことも覚えていないらしい。
「あ~~よかったタミくん、びっくりしたんだから……」
「ライネくん……?なんで、!!」
安心するライネの姿を認めたタミは数秒ぼんやりとしていたが、すぐに自分に何が起こったのか思い出したらしく瞬時に飛び起きた。そして自分の首を触る。
「み、見た、見てもうた!?っていうか、きみが起こしてくれたんやんな……」
「う、うん。ばっちり見たし、充電したし、ボタン押しちゃった」
「うわ~~……充電切れてたんか……こんな初歩的なミスするとは……かっこわるぅ」
「やっぱり、知られるとまずいことだった?オレ未だに信じられないけども……」
本当に信じられない。動いて喋るタミは人間そのもので、イヴやユウ以上に機械には見えない。
「うん、人間の振りしとかんと店続けられへんから……でもごめんな、騙すつもりはなかったんやで。……なあライネくん、このこと誰にも言わんといてもらえる?」
「言わないよ。タミくんには世話になってるし、言う意味がない」
「助かるわ……父さんの店、潰すわけにいかんから」
「……タミくんのお父さんって」
ライネは思わず聞いていた。タミがアンドロイドだということは、彼が慕う父さんというのは。
「せや。正確には持ち主さんやな。ぼくの恩人。壊されそうになってたとこ、助けてもらってん」



「ぼくの前の持ち主さんはよく聞くだめな感じの人でな、ぼくのこと結構乱暴に扱ってたんよ。腹立ったらどついたり、外に放り出したり」
「…………」
タミはまるで独り言のように、自分の身の上を話し始めた。その内容に顔を顰めるライネを見て、ふ、と笑う。
「でもぼく、その時はその人が世界の中心っていうか、その人のことしか知らんかったからさ、悪いことをされてるなんて微塵も思わんかった。世間一般のいう悪いこと自体何かもわからんかったからね」
「……よく聞く。何も知らないアンドロイドに、自分に都合のいいことしか教えない奴のこと」
「そばにおる人で良くも悪くもなるの、人間の子供とおんなじやね。まあアンドロイドの方が力もあるし何よりも従順やからたち悪いけど。そんで、一回ほんまに壊れる直前までいったことがあって修理に出されたんやけど、その時修理を依頼されたんが父さんやった」
「父さんはぼくを見るなりアンドロイドはこんなことに使うもんちゃう!ってめちゃくちゃ怒って、高いお金払ってぼくを無理矢理引き取ったんよ。行動力の塊みたいな人やったなあ」
「そっから父さんと一緒に暮らし始めて、それまでぼくがどれだけ酷い生活してたんかようわかった。父さんはぼくのことほんまの息子みたいに可愛がってくれて、幸せやった……」
父親のことを話すタミは、言葉の通り幸せそうだった。思わずライネの表情も綻ぶ。
「それで父さんはぼくみたいなアンドロイドを減らしたいって、買い取りも始めてん。ぼくも手伝いがしたくて、機械のことたくさん勉強した。でもあの子の整備が終わってすぐ……父さんは死んだ」
遠くに離れたガラスケースを眺めながら、今までの幸福感とはかけ離れた目でタミは言った。知っていたこととはいえ、いざ彼自身の口から聞くとなると重みが違う。
「……事故やった。ぼくが店番してる間に、出先で車が突っ込んで来て……ぼくは人間じゃないから、いつかお別れせなあかんとは思ってたけど……まさかこんな早いとは。それはもう凹んだなあ」
「…………」
「でもそんなに凹んでる暇はなかった。この店残さんとあかんかったからね。幸い父さんもぼくのことを人間扱いしててアンドロイドやって知ってる人はおらんかったし、それがぼくが一番父さんにしてあげられる恩返しかなって」
そこまで言うとタミはぐい、と伸びをして、それからぱん、と手を叩くといつもの調子に戻った。
「さて、暗い話は終わり!聞いてくれてありがとうな」
「……タミくんすごいなあ。今の話もそうだけど、ちゃんと店続けられてるところが」
ライネは思わず感嘆の声を上げる。アンドロイドがたったひとりで店を経営したなんて話、今まで聞いたことがない。
「いやあ、そんなことないよ」
「いや、ずっと人間の振りしてられるとか並大抵のことじゃないって。イヴなんかあれから大変だったし……愛だなあ」
「愛かなあ」
「そうだよ。きっとお父さんも安心してる。あ~……オレもバイト、がんばらないとな」
「修理の仕事、やってるんやっけ」
「うん。ややこしい人いっぱいいるけど、結構楽しいよ。ただ依頼を受けてやるから、自分で仕事増やしたいと思ってもすぐに出来ないのがちょっとな」
「商売なかなか上手くいかんよね。……じゃあ、お世話になったしライネくんの売り上げに貢献しよっかな」
「え?」
タミはそう言って立ち上がると、着ていた制服のエプロンをするりと脱いだ。
「ぼくのこと、診てくれへん?」



「うわ、すご……」
休憩室に通されて、中の設備に驚かされる。そこにはライネでもあまり見慣れない機器がいくつも並んでいた。
「すごいやろー?父さんがこつこつ集めた奴やねん。ぼくだけやと持て余してるけどね」
「そっか……タミくんでも自分で自分のメンテは出来ないもんな」
「そうやねん。動かんくならん最低限のことしか出来へんから。だから充電不足やったの気付かんかったんやなあ」
そう言いながら、タミは作業台の上に横になった。
「ガタが来始めてるってことか……よくそこまで隠そうとしたね」
「話せる人、誰もおらんかったから……はぁ、バレたんがライネくんでほんまによかった」
「他の人じゃ整備出来ないもんなあ。でもほんと、気をつけなよ。あの時オレも救急車呼びかけたし。呼んでたら大変なことになってた」
「あっぶな……気付いてもらえんかったら終わってたね。お騒がせしました……」
本気で、焦ったんだから。少し呆れながら道具を準備する。慣れない環境なので緊張していた。
「よし、準備出来たよ。うあー、ちゃんと出来るかなあ。医者にでもなったみたいだ」
「そんな気負わんと。中身はそこまで変わらんやろうから、イヴくんやと思ってやってよ」
「うーん……頑張る。じゃ、電源切るよ。おやすみー」
タミの首に手を当てながらそう言うと、彼は少し驚いたように目を大きくした。けれどそれからすぐに、嬉しそうに微笑む。
「……うん、おやすみ」



「よし、終わった!」
一通り修理が終わって、解放感からライネは思わず椅子から立ち上がった。ここまで修理に気を張ったのは初めてかもしれない。
「おはよう、タミくん」
「……おはよ……」
首のボタンを押してまた電源を入れると、タミはゆっくりと目を開いた。気怠そうにしながらもすぐに起き上がる。
「調子どう?どっか変なとこない?」
「うん、大丈夫。ていうかむしろめっちゃすっきりしてる……あー……」
調子のいい様子で作業台から降りようとした途中で、タミは何かに耐え切れなくなったように膝を抱えて顔を伏せてしまった。どこか間違えたのかとライネは焦る。
「タミくん?」
「ごめん、この感覚ちょっと懐かしくなって。誰かにメンテしてもらうの、久しぶりやから」
顔を膝に埋めたまま、彼は先程自分の過去について語った時のような口調で話した。悲しみと寂しさがない交ぜになった声。
「ぼく、きみと初めて会った時、父さんに似てるって思ったんや。イヴくんのこと弟やって言うきみが、ぼくを息子にしてくれた父さんと被って……」
膝を抱える両手が、ズボンの裾に皺を作る。そこでようやくタミは顔を上げた。綺麗な紫の瞳を、真水の涙でいっぱいにしながら。
「……よかった。きみに診てもらえて」
タミがライネに向けて微笑みかけると、細められた目蓋に押し出された雫が、はらはらと頬を伝った。それを隠すようにまた顔を埋めると、消え入りそうな声でもういない大切な人を呼んだ。
「父さん……」
ライネはタミの背中をそっと撫でた。人間の存在が前提で生きているはずのアンドロイドが、大事な人を亡くしてたった独りで大きな隠し事をしながら過ごすのは、どれほど辛いことだっただろうか。身体が弱っているのに、誰にも助けを求められなかったのは、どれだけ苦しかっただろうか。……自分が死んだ時、イヴにもこんな思いをさせてしまったのだろうかと、考えながら。



「……落ち着いた?」
しばらくしてタミの涙も止まった。ライネは背中を撫でる手を引っ込める代わりにハンカチを渡してやる。
「うん……ごめん今日ほんま世話かけっぱなしやね」
「お互い様だろ。そんな時もあるよ」
「ありがとう……でもやっぱり悪いわ。店休んでもうたし……いろいろ時間取らせてごめんなぁ」
「いいよ、今日も喋りに来たんだから。あ、でもそろそろ行かないと」
携帯電話で時間を確認すると、ライネは道具類を急いで片付けた。もう日も落ちそうになっている。
「……なあライネくん」
「ん?」
「ぼく、きみと同じ人間やなかったけど……これからも来てもらえると嬉しい。きみと話すの、楽しいし……やっぱり人間の振りしてるのって、結構辛いねん。だから……」
「来るよ、絶対。またお父さんの話、聞かせてよ」
すっかりしおらしくなってしまったタミに即答すると、彼はぱあ、と目を輝かせた。タミは儚げな容姿をしているけれど、やっぱり明るくいてくれた方が似合うなと、ライネは思う。
「というかオレきみの整備しなくちゃいけないんだから嫌って言われても来るし!どっかの天才外科医じゃないんだからひとりでやろうとするなよもう!」
「あはは、うん、もう無茶苦茶はせえへん。……そうかあライネくん、ぼくの技師さんになってくれるんや嬉しいなあ」
「なるよ、オレでよければ。……よかった、元気戻った?」
冗談めかして笑うタミに安心する。もう大分、いつもの彼に戻りつつあるらしい。
「うん、おかげさまで」
「よしよし。じゃあ、また近いうち来るよ」
「わかった。それまでにええもん仕入れとくから」
「やった、楽しみにしとく」
そんな会話をしながら休憩室を出て、店の中を通り抜ける。入り口の焦げ茶色の扉がからからと音を立てた。
「それじゃ、何か異常あったらすぐ教えてくれよー」
「大丈夫、今度は隠さへんから」
手を振って帰路につくライネを見ながら、タミも手を振った。夕日に照らされながら小さくなっていくその姿を、眩しく思う。そして誰にも聞こえない声で、呟いた。
「……父さんぼく、あんたの息子にはなれても人間にはなられへんかった。でもそんなに、悪いことでもなかったで……」
 

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