top of page

 

「隣街に巨大ビル建設かーーー行ってみたいなあ」
白い髪の少年が、ゴミ箱に無造作に捨てられた新聞紙を見ながら呟いた。買い物鞄を片手に提げ、もう片方に携帯電話を手にした彼は、スーパーからの帰り道を歩いていた。
『お前人混みは嫌いだろう』
電話から、あまり抑揚のない声が聞こえてくる。
「そうだけどさ、そこのオープン記念イベントで新型のアンドロイドの展示やるんだってさ。それ目当てだよ」
『……行かなくていい』
少年が答えると、その内容が気に入らなかったのか、電話の相手の声は無機質なものから少し不機嫌そうなものになった。
「待て違うよ新しい機体がほしい、とかそういうのじゃないって。お前のメンテとかの参考にしたいなって思っただけだよ」
『本音は』
「純粋に見に行きたいだけですはい」
『だろうな』
少年たちの住んでいる街には、彼が行きたがっている高層ビルどころかアスファルトの地面すらなかった。歴史、景観を守りましょう、などといった活動が昔この街で流行り、この街を開発することは禁止された。今でも古びた教会や家屋が立ち並ぶ風景は美しいものだが、技術の発展により便利に開発された他の街の人々からは陸の孤島などと揶揄されることもある。少年は外界から遮断されたこの街が嫌いではなかったが、機械類が好きな彼は開発禁止の延長で十三年前ほどから世の中に出回り始めたアンドロイドたちがこの街では普及していないことを嘆いていた。アンドロイドの所持は禁止されていないのだが、住人たちはどうにも新しいものが苦手のようで、少年と一緒に暮らす、電話相手の彼ぐらいしかこの街に住んでいるものはいなかった。
「なあ頼むよ。ちょっと見に行くだけだから」
『まあ構わんが……どうせ俺も付き合わされるんだろう』
「うん。お前がいた方が勉強しやすいし」
『古いアンドロイドだなとか言われて囲まれる俺の気持ちにもなれ』
「お前まだ前言われたの根に持ってるのかよ!いいじゃん、古くても優秀なんだからさあ」
少年がそう褒めると、今まで不服そうに言い返していた声が途切れた。
『……ふん。ところで、行くなら怪我だけは絶対にするなよ。人混みの中じゃあ、誰かに見られる可能性がここよりも高くなる』
その言葉を聞いた途端、イベントへの期待に機嫌よく歩いていた少年の瞳に影が差した。
「ああ、そうだな……気をつける」



「ん~ふふ~ふふ~~」
オーバーオールを着た少年が、軽快に鼻歌を歌いながら歩いていた。彼の歩みに合わせて、左右に跳ねたオレンジの髪が揺れている。白い髪の少年よりも少し幼く見える彼は、ゴミ箱に無造作に捨てられた新聞紙を眺めなだら言った。
「あちゃ、ボクも有名になっちゃったなあ」
先ほど白い髪の少年が見ていた新聞の裏、そこには『路地裏の撲殺魔、再び出現』という見出しがあった。記事には昨日発見された遺体で三十人目、といった内容が。少年は、随分前から通り魔をやっていた。
「無差別にって、失礼しちゃうよ。一応考えてやってるのに」
この人なら良さそうだ、ボクの目的を達成させてくれるかも。そう思いながら目をつけた人間を路地に引きずり込み、愛用の金槌で殴り殺す。それが彼の常套手段だった。そうすれば大抵の人間は路地に引きずり込まれた時点で動揺し、簡単に殴られてくれる。
「あの子も、そうなるはずだったんだけどなあ」
彼に狙われた人間は皆確実に死んでいったのだけれど、例外が、たった一人だけいた。少年は赤い血の滲んだ白い髪を思い浮かべながら歩いた。あれはとても綺麗だった。もう彼とは何度も会っているけれど、いつ見てもあれは見飽きない。今日も会わないかなあ、そう思いながら歩いていると、彼の願いが叶ったのか、なんと前方にさらさらと揺れる白が見えた。
「いた……!」
少し小走りになって、その白に近づく。胸が躍る。どうやら買い物帰りらしい。
少年はポケットから金槌を取り出して、また歩く速度を上げた。タイミングを見計らいつつ、その背中が間近に迫ったその時、金槌を振り上げた。白い髪の少年が、振り向く。金槌を、その白い頭に振り下ろす。
がつん、と鈍い音が少年の手に伝わった。
「いっ……!!お前、また……」
ふらりと、頭を強打されて倒れそうになる彼の腕を掴んで、すぐ傍の路地へと連れ込む。それから手を離すと、白い髪の少年は壁に寄りかかって座り込んだ。
「こんにちはライネ。今日も元気そうだね」
「ヨダ、お前は相変わらず人を殴るのが好きだな……」
白い髪の少年、ライネは恨めしそうに金槌の少年、ヨダを睨みつけた。頭からはどくどくと血が流れ、髪を濡らしている。
「うん。キミ相手の場合は特にね」
「下衆だな、ほんと……」
『おいライネ、どうした?』
ライネの携帯電話から怪訝そうな声が聞こえてきた。先ほど高層ビルに行こう、と約束をした後もまだ通話は繋がっていた。
「悪いなイヴ……またあいつに絡まれた。来てくれないか」
『愚図。だから一人で出歩くなと言ったんだ……待ってろ』
そう言い残して、ぷつりと通話が切れた。アンドロイドの彼、イヴなら電話から位置を特定してすぐに来てくれるだろう。そう思ってライネはほっと息を吐いた。
「あーらら。イヴくんと電話してる最中だったんだ。今日はツいてると思ってたのに、運が悪いや」
ヨダの指が血で濡れた白髪を撫でる。
「綺麗だなあ。ここにはいろんな髪の色の人がいるけど、キミみたいに血が映える色は見たことないよ。見たところボクとそんなに変わらない歳なのに、こんなに真っ白なのって不思議。地毛じゃないとか?」
「苦労してるんだよ……いろいろと」
「ふうん……?地毛なんだ。じゃあこの身体も、その髪と関係あったりする?」
ヨダはライネの髪をかき分けて、さっき殴った傷口に触れた。
性格には、傷口のあった場所、だが。
「やっぱりすごいね。もう治ってる」



「あんたの噂を聞いてここに来たんだ。すごく賢い科学者だって。頼む!オレの身体、元に戻してくれないか」
三年ほど前のこと。この街に住む若い科学者の元に、ライネは駆け込んだ。
「イヴくん、この方は?」
科学者の隣には、赤い目のアンドロイドがいた。彼が口を開く。
「さっき押し掛けてきてな。なんでも、どういう訳か傷を負っても毒を飲んでも死ねない身体らしい。にわかには信じられないけどな……さっきからうちはなんでも屋じゃないと言っているんだが、どうする?ミド」
ミド、と呼ばれた白衣の青年は何やら少し考え込んだ後、口を開いた。
「うーん……とりあえずお話を聞かせてください。それから君の依頼を受けるかどうか、決めますね」
その後、ライネは自分の腕を切りつけたり、二人の目の前で毒薬を飲んで見せたりした。滴るほど血を流したり、毒で苦しむ彼を見てイヴは苦い表情をしていたが、ミドの方はすぐにその傷が治ったり、毒でも決して死にはしない彼に興味を持ったようだった。
「すごい、こんなの見たことないです……君はいつから、どうしてこんな身体に?」
「なったのは、つい最近。どうしてかは、オレにもよくわからない。ただ、いつまでも歳も取らずに死ねないのは、怖くて。だから……」
「そうですか……いいですよ、僕に出来ることなら、お手伝いします」
「ほんとか!?ありがとう!!」
ライネは両手でミドの手をぎゅっと握った。
そうして彼は今、つきっきりで研究するなら同居した方がいいだろうと言うイヴの提案で、二人と一緒に暮らしている。



「……っ!!」
また、頭に一撃。ぐらぐらと視界が回転して、ライネは思わず目を閉じる。吐きそうだ。
「んー、せっかく会えたんだからさっさと退散しちゃうのももったいないし、イヴくんが来るまで付き合ってね、ライネ」
殺人鬼のポリシーか何かか、どうやらヨダは死ねないライネをなんとかして殺したいと思っているらしく初めて会った時から事あるごとに殴りに来る。 今回もそう簡単に諦められないようで、何度もライネに金槌を振り下ろした。その度に血が飛び散って、壁を汚した。
「すごいもんだね、どういう仕組み?普通なら五回は死んでるよ」
「…………」
激しい頭痛と朦朧とする意識の中で、ライネは口を利くことも出来なくなっていた。
「最初辺りの傷はもう治っちゃってるし。嫌になるなあ……っ!!」
突然、ライネの前に立っていたヨダが勢いよく屈んだ。その真上を、青白い線が横切っていく。霧がかった頭でぼんやりとヨダの後ろを見ると、少し変 わった癖のついた黒髪と、赤い目が。
「ち……外したか」
先程の電話の相手、イヴがそこに立っていた。彼は左手に刀を持っていて、ヨダの上を走った線はその軌道だったのかとライネは息を吐いた。
「時間切れかあ。相変わらず容赦ないよねイヴくん。避けなきゃ真っ二つだったよ」
「そうでもしないと何度でもやるだろう、お前は」
右目に青い眼帯をしているイヴは、それに覆われていない方のガラス玉で出来た赤い目でヨダを睨みつけた。心底軽蔑している、というような冷たい目。
「わあ、ボクのことよくわかってくれてるんだねえ。嬉しいよ」
「俺は寒気がする。さっさと消えろ」
「見逃してくれるの?いつもはボクが逃げても追いかけようとしてくるのに」
「極力お前と関わるなと、こいつが言うものだからな」
イヴは刀の先でライネを指した。
「ライネそんなこと言ってたの?傷つくなあ。ま、いいや。イヴくん強いし捕まるのも嫌だし今日はお言葉に甘えちゃおうかな。じゃあね、二人とも」
にこにこと笑顔を崩さないまま、ヨダは路地の奥へと消えていった。彼の逃げていった先をしばらく睨みつけていたイヴだったが、やがてライネの方へ視線を戻して、盛大にため息を吐いた。
「おい、生きてるか」
「いってぇ……あいつ何回殴ったんだよ。五回は頭割れた」
ライネの白い髪や服は血でべっとりと汚れていて、傷はなくともそれらがこれまでの惨状を物語っていた。
「あいつをどうにかしないと、外も出歩けないだろう。俺が斬ればいい話なのにどうして止めるんだ」
「お前にそんなことさせたくないし……っていうかオレ危ないから追いかけるなとは言ったけど関わるなまでは言ってないぞ」
「同じようなことだろう。あいつと関わるとロクなことにならん」
「まあ、そうだけどさ……」
「あんなやつに気を遣ってどうする。とにかく帰るぞ、ミドが待ってる」
「……うん、そうだな。でもこれ、どうしよう」
血塗れの頭を指差す。これが誰かに見られでもしたら騒ぎになってしまうだろう。
「マフラーと上着脱いで、これでも着てろ。フードを被っておけば頭も隠せるだろ」
イヴは自分が着ていた青いパーカーを脱いで黒いVネック姿になると、パーカーをライネに投げ渡した。
「わ、ちょっと待って」
いそいそと服を脱いでパーカーを着ると、少し袖が余った。
「……身長欲しい」
「仕方ないだろ、お前の場合は」
身体が成長しないライネはいつも、身長が伸びないことを嘆いていた。彼の実年齢はもう二十歳になるのだが、見た目は十七歳のままで止まっている。 十七歳だとしても、彼は平均より背が低いのだけれど。
「悔しい。今度のメンテのときお前の背縮めてやる」
「間合いが取りにくくなるからやめろ」
「あ、結構まともな理由で反対するのな……」
そんな他愛のない会話をしながらライネはフードを被る。真っ赤になった白い髪はそれなりに覆い隠されてぱっと見ただけでは血塗れだとわからなくなった。
「うええ、マフラーもどろどろだ」
解いたマフラーを何気無く見て、ライネはうめき声を上げた。何の変哲もない黄緑のマフラーは、ライネがいつも大事にしているものだった。
「帰ったら洗ってやる。この前買った洗剤が結構便利でな……血も落ちる。技術の進歩というのは素晴らしいな」
家では家事担当のイヴはライネを励まそうとしているのか洗剤の性能に喜んでいるのか何だか興奮気味に語っていて、テクノロジーの塊が何を言ってるんだと、ライネはこっそり笑った。
「うん、じゃあ頼むよ」
血が外から見えないようにマフラーを上着でくるむと、二人は帰路に着いた。



「あー疲れた……」
ただでさえ人の少ない街の更に人の少ない郊外に、彼らの住む家はあった。青い屋根と白い壁の小さな家。その玄関の扉を開けて、二人が中に入った。すると。
「ライネくん!」
「うわっ!」
白衣の青年が勢いよく、ライネの元へ飛び込んできた。彼はライネの被っていたフードを取ると、わしわしと血のこびり付いた頭に触れる。
「大丈夫でしたか、急にイヴくんが飛び出して行ったから、心配で……酷い血です。痛かったでしょう!?」
「う、うん。でももう治ったから平気。ただいまミド」
「ならいいんですけど……おかえりなさい、ライネくん」
ライネが元気そうなので安心したのか、白衣の青年ミドはふわりと微笑んだ。眼鏡の奥の緑の目が細められ、触り心地の良さそうな茶色の癖っ毛が揺れる。
「イヴくんもおかえりなさい。お疲れ様です」
「ただいま。全く、これっきりにしてほしいもんだ……」
そう言いながらもヨダとはこれからも絡んでいくことになるのだろうと、イヴはため息を吐いた。
「悪かったよ何度も。あいつも殺人なんかやめればいいのに」
「ああいうのは死ぬまでやめないだろ。どういう思考をしているのかは知らないが……まあいい、洗濯してくる」
正直ヨダのことなんか考えたくもない、とでも言うようにイヴはライネの上着とマフラーを持って浴室の方へ向かってしまった。
「んー、オレもシャワー浴びたいな……」
「あ、ライネくん。血塗れで気持ち悪いでしょうけど……その前にお話聞かせてもらっても、いいですか?出来るだけそのままの状態がいいので……」
こわごわと、ミドが尋ねてきた。ヨダに殴られた時や怪我をした時は、逐一ミドにその時の情報を伝える約束になっている。これも元の身体に戻るための研究の一環だと。
「あー、そうだった。いいよ」



「……で、目眩がして……そんな感じ。ごめん、全部で何回殴られたとかは覚えてないんだけど……」
家の地下室で、ライネとミドは話をしていた。そこには大量の薬品や器具が置いてあって、ミドの研究室であることを伺わせる。
「構いませんよ。そんな余裕なかったでしょうし……毎度辛いことを思い出させて、むしろ謝るのは僕の方です」
「オレは気にしてないよ。いつも薬作ってくれるの、感謝してる」
「ありがとうございます……でもその言葉は、ライネくんの依頼が達成出来た時のためにとっておきますね。……早く、成果が出てくれるといいんですけど」
ミドの傍ら、机の上には注射器と薬品が何本も並べて置いてあった。それらは全部、これまでにライネに打たれてきたもの。彼を死ねる身体にするためにミドが作った薬たちだったが、何を注射しても未だに彼の身体に変化は訪れない。
「そうだなあ」
「……前から気になってたんですけど、どうして戻りたいんですか?……あの、気を悪くさせたらごめんなさい。普通なら、羨ましがられるような体質ですよね」
ミドは予防線を張ったけれど、その問いかけにライネはやはり表情を曇らせて、やがて呟くように返答した。
「……大事な人がいるんだ。この世にも、天国にも。傷がすぐに治るってのは便利だけど、死ねないところがネックで。オレはその今生きてる大事な人が死んで一人ぼっちになるのが嫌だし、天国の人に会えないのも、嫌なんだ。……だからオレ、死ねる身体になりたいんだ。たった一人で生き続けるのは、嫌だよ」
「そう、だったんですか」
「うん」
「でも、だったら……今その大事な方と一緒に過ごさなくていいんですか?僕、お薬なら届けに行きますよ?」
「や、すごく遠いところにいる人だから……簡単には会いに行けないのさ。ミドをそんな遠くまで通わせるわけにはいかないよ。それに、その人には元の身体に戻ってから会いに行きたい。こんな身体だって知られて……心配かけたくないから」
そう言ってライネは困ったように笑う。本当は会いたいのだろうとミドは思ったけれど、気づかない振りをした。
「じゃあ、ライネくんが早くその方に会えるように、僕もがんばらないといけませんね」
「ありがと。でも無理はしないでくれよ。ミドは他の研究の手伝いもしてるんだし」
天才だと評判のあるミドは、他の学者からも研究の依頼をされることが多い。ライネもときどき機械修理のアルバイトをしているが、三人の生活費の大半はミドが稼いでいる。
「大丈夫ですよ。好きでやってますからね!」
心配はいりません、とミドは笑った。ライネの機械好きも大概だが、ミドもそれぐらい研究が好きらしい。先ほどまでと打って変わって目がきらきらと輝いている。
「頼もしいなあ。オレもバイトがんばらないと。……あ、今はとりあえずシャワー浴びてくる」
ライネの髪についた血は、すっかり乾いてパリパリになっていた。落とすのに苦労しそうだ。
「いってらっしゃい。長いことすいません……」
「ううん、オレの話だったし、ちょうどイヴの洗濯も終わっただろうからよかったよー」
そう言いながらライネは地下から居間に続く階段を上った。



「ふー、やっとすっきりした」
シャ ワーを浴びて髪を綺麗さっぱり出かける前のように戻して、疲れたので少し昼寝でもしようかと、ライネは二階に上がった。二階にはライネの作業場と、イヴと共同で使っている寝室がある。寝室の向こうにはベランダがあり、そこから差し込む日光が心地よくて、ライネのお気に入りの場所だった。寝る前に少し作業場に寄りたいと思ったけれど、今は睡魔の方が勝っていて、階段を上り切るとすぐに寝室のドアを開けた。
「あ、イヴ。どう?血、落ちた?」
奥で人影が動くのが見えたので近づくと、ベランダでイヴがマフラーと上着を干しているところだった。彼は心なしか珍しく機嫌が良さそうに見える。
「あの洗剤箱買いしないか」
「綺麗に落ちたんだな……ありがと」
ぱん、と上着を叩いて干すイヴは本当に上機嫌のようだった。元々人に尽くすように出来ているアンドロイドである彼は家事やライネたちの世話をするのが好きらしく、普段の冷淡な雰囲気とのアンバランスさに何だか微笑ましくなる。
「……ふああ、だめだ眠い。ちょっと寝るから、夕飯の一時間前ぐらいに起こして……」
ころんと、二つあるベッドのうちのベランダ側の方にライネは寝転んだ。ふかふかした枕を抱きしめると、すぐに睡魔が迎えに来てくれて目蓋を下げていく。
「珍しいな、昼寝なんて」
「ん……つかれた、から……」
「そうだな。今日はゆっくり休むといい。お前が明るいうちから寝ているのは少し心臓に悪いが……」
イヴの赤い瞳は先ほどヨダを睨んでいたものとは正反対の優しいものだったが、ほんの少しだけ、不安に揺れていた。彼はライネの向こうに佇む得体の知れない大きな影を見つめている。
「大丈夫だよ、今度はちゃんと起きるから……しんぱい、するな……」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ……」
すうすうと心地よさそうに寝息を立て始めた彼に、この時間に掛け布団では暑いだろうとタオルケットをかけてやると、イヴはそっと、呟いた。

「早くあいつに会えるといいな、ライネ……」
 

bottom of page