「死にたくなるほど誰かを好きになったことってあるかい」
校門の前で、私の横で友人を待つ全身真っ白な人が、急に話を切り出してきた。彼とはここでよく会う。憧れの先輩を待っている私と違って彼は別の学校の人なのに、どうしてわざわざ誰かを待ったりするのだろう。しかも着ている制服からして、ちょっと遠くの私立の進学校の人だ。上品な顔立ちとか、身に纏う雰囲気とか、なんかもう別次元の人みたいで。そんな彼がたまたま校門で先輩を待ち伏せしているさしてパッとしない私と、それなりの回数会話をしているのがなんとも不思議だった。しかも見た目からして変わっている彼の会話の内容はなかなかに謎だ。
「?」
「命を投げ出せるほど大事な人はいるかってことだよ」
「私は河原先輩のことが好きですけど……彼が事故に遭いそうになったら庇って死ぬかって言われたらどうかわかんないです」
私の憧れの先輩、二年の河原類先輩。ちょっと頼りないけど優しい人だ。廊下で転びそうになったところを助けてもらって一目惚れしたわけだけど、想いは誰にも負けないつもり。でも、いざ先輩が目の前でトラックに轢かれそうな姿を想像してみると、その自信がちょっと揺らいだ。横断歩道の向かいで先輩を見ている私は、彼の元へ飛び出して行くか否か、迷っている。
「ならやめといた方がいい。半端な気持ちだと君が傷付くだけだよ。ただでさえ君は不利みたいだし」
「そんな、みんながみんなそんな重い気持ちで恋愛してたら、世のカップルは死人だらけですよ」
「君が河原くんの気を引きたいなら、それくらいの気持ちが必要ってことを言ってるんだよ。彼は彼で重いぞ〜」
白い人は河原先輩の友達の友達で、先輩ともそこそこ交流があるらしい。こうして会う度に先輩についての話を聞く。ちょっとずるい気分だ。
「……わかってます。いっつもあの人、神田先輩のこと目で追ってるし……神田先輩が気付いてないのが救いというか……」
河原先輩は、同級生の神田透先輩のことが好きらしい。ただ廊下で会っただけの私じゃ、敵う気がしない。でも神田先輩自身は河原先輩の好意を全く自覚していない様子なのを私は知っている。だからもうちょっとがんばりたいのだ。
「あの女死ぬほど鈍いからな……」
神田先輩の名前を出すと、白い人は苦虫を噛み潰したような顔で何か呟いた。でも私には聞き取れなかった。
「え?」
「いや、なんでも」
「そういえばあなたにはいるんですか、死ねるほど好きな人」
「さあね」
「あ、内緒にするってことはいるんですね〜。どんな人だろ」
浮世離れした彼の憧れる人なんて、あんまり想像出来ない。とんでもない美人か、はたまた見た目はいまいちだけどものすごい天才少女か。釣り合う人なんて、いるのかなあ。
「こら、余計な詮索はするもんじゃないよ」
「あなたが振ったんじゃないですか」
「君なかなか強かだよなあ……あ、来た来た」
それまで特に感情の変化もなかった白い人の顔が一気に綻ぶ。門の奥を眺めると、彼の友人が玄関から出てくるのが見えた。綺麗な顔をしているけれど髪がぼさぼさで、あんまり冴えた印象ではない。でも白い人曰くすごい人らしい。僕彼にだけは敵わないんだ、最高だろ! とこの間嬉しそうに語っていた。どの辺りが最高なのか浮世で生きている私にはさっぱりわからないけど、彼がそう言うのならきっとそうなのだろう。
「それにしてもあなたもよくこんな目立つところで待ちますね」
私たちが立っているのは、門のすぐ真横。下校する生徒からは死角になっているけれど、この学校の前はそこそこ人通りが多い。そこに白髪白ランの美少年が立っているとなると、目立つってレベルじゃない。こうして話している間にもスーパーへ向かうおばさんの視線が刺さる。
「前に中入ったことあるんだけどね、ほら僕こんななりだから今より目立ってさ。今度から外で待てって言われて」
「入ったんですか」
「いや、あの時は用があって……今日は高崎と河原くん、一緒じゃないみたいだな。じゃあ、がんばってね」
「はい」
ぼさぼさ頭の彼が段々近付いてきて、白い人は彼を逃すまいとするみたいに走っていった。いつもはカチューシャをした陽気な女の子や、眼鏡をかけた大人しそうな男の子と一緒にいるのに、今日は珍しく彼一人だ。もしかして、白い人とどこかへ行く約束でもしているのかもしれない。高崎ー! と大きな声で名前を呼んで、ぼさぼさの彼に呆れられている。浮世離れした白い人が、その時だけ普通の、いや普通よりは少しうるさいかな、とにかくちょっとだけ高校生らしく見えた。二人は中学の同級生らしいけど、白い人はもしかすると今の学校が楽しくないのかもしれないなあ、と私は余計な詮索をして、河原先輩の待ち伏せを続けたのだった。